馴染む。実に!!!

どうも。
首から下が他人の身体、分公です。

いきなりだが、馴染みの場所をみなさんお持ちだろうか。
ぐりおにさんは最近オシャレーなカ↓フェー↑にハマっているらしい。

ブログを見るとメニューも美味しそうだし、お店の雰囲気もゆったり過ごしやすのだろう。
分公は生ぐりおにを見たことがあるが、みなさんお察しの通り爽やかイケメンであるので、きっとそのオシャレーなカフェーで茶をシバイていても画になるんだろうなぁと思うわけである。

ぐりおにさんと真反対な人間と言っても過言ではない分公はそもそもカフェなんてあまり行くことはない。
行くとしても仕事の間の暇な時間を潰すために、良くてドトール、だいたいはセブンカフェである。100円コーヒーおいしいです(^q^)
そんな分公はそのお店に行っても、なんとなく肩身の狭い思いをして、そそくさとオムライスを胃に流し込んで「うめぇ」と感慨に浸る事なく帰ってしまうだろう。
「馴染む」とはその人が「ここ、いいわぁ」と思うのと同時に、その場所に相応しいか…というかその空間が存在を認めて初めて「馴染む」事ができるのではないかと思う。
よく「顔馴染み」という言葉があるが、その空間にいる人間同士が認め合ってこそ成り立つ言葉だと思う。
分公はオサレカフェーで一人ボロ雑巾のごとく座り、浮いているわけで、何度通っても永遠と馴染むことはないのである。悲しいかな。


さて、そんな分公にも馴染みの店というのがある。
地元の、知る人ぞ知るといったクソヤロウ界では有名な某居酒屋だが、これが居心地がいい。

まず佇まいだが、
100%初見では店に入ることが出来ない。

お店自体が昔ながらの長屋でやっているため、見た目がただのキッタナイ民家である。
しかも長屋構造のため、間取りが初見客の侵入を完全に拒んでいる。

(ノートPCのトラックパッドで書いたので汚くて申し訳ない)

図で表すとこんな感じである。
入り口から闇深い廊下が続き、突き当たりにある土間(生活感あふれるキッチン)を尻目にガタガタの引き戸を開けて入らなくてはならないのだ。
ここまではただの汚い家…といった感じなのだが、引き戸を開けて中へ入ると、


これまた汚いただの家
が広がっている。
山積みが崩壊して軽く雪崩になっている漫画達、誰かが持ち寄ってきて再生して満足して置いていったCD達の山が畳の上に広がり、客達はこたつを2連続につなげたところに所狭しと座ったり寝転んだりして、夏場は扇風機だけ、冬場はこたつだけという貧相な空調設備の空間で酒を呑むのである。
またその酒も、全国のファン達が各地から持ち寄ったものがホウボウに転がっており、「おっ、なんかよさ気なやつやん、開けてもええかー」と適当にヤるのである。

店主もこれまた適当で、分公が店に行くと7割ぐらいの確率で酔っ払っている。
あとの3割は、もうコタツで就寝していたりする。


こんな店ではあるが、
店主が適当に作って、適当なタイミングで適当な量を出してくれる酒の肴は絶品だし、
なんの仕事をしているのか得体の知れない常連たちと飲んだくれたり、ところどころ巻が抜けている漫画を読んでみたり、CDの山から同じアーティストを見つける神経衰弱ジョッキーをやったり、見たことも聞いたこともない地酒の産地当て大会を開いたりと楽しみ方は多い。汚いけど。
ジャージでしか行きたくない店No.1なそんなお店は、分公にはかなり居心地が良いのだ。

「馴染む」の話に戻るが、
分公はその小汚い店を気に入っているし、その店の空間は多分分公みたいな人間を拒否するでもなく賑やかに受け入れてくれているように思う。
馴染んでいる、のではないかなと思うわけだ。


そんなこんなでまとめてみると、
馴染みの場所はその人がどんな人物なのかを映す鏡のようなもの
ではないだろうか。
初対面の人なんかとおしゃべりする機会があれば、是非とも馴染みの店からその人の本性を探ってみてはどうだろうか。
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